酵母が外に出す「グルタチオン」が、近くの酵母の生育を支えていた|理研などが分裂酵母で報告のアイキャッチ画像

⏱ 約15分で読めます

酵母が外に出す「グルタチオン」が、近くの酵母の生育を支えていた|理研などが分裂酵母で報告


この記事について

この記事は、酵母という微生物どうしの「やりとり」を調べた基礎研究を紹介するものです。研究はすべて実験室の培地の上で行われたもので、人や動物を対象にしたものではありません。

グルタチオンを口からとった場合の、健康への効果や病気の予防・治療を示すものではありません。また、医療上の助言でもありません。体調や持病、服薬について気になることがある場合は、医師・薬剤師などの専門家にご相談ください。

本記事の画像はAI生成のイメージであり、研究で使用された試料や特定の商品を撮影したものではありません。

パンもビールも日本酒も、酵母がいなければできません。

私たちはつい、酵母を「1種類の菌が、黙々と糖をアルコールに変えている」ものとして思い浮かべがちです。けれど自然界の微生物は、たいてい多くの仲間と集団で暮らしています。

その集団のなかで、微生物どうしは何を受け渡しているのか。

この問いに、酵母を使って迫った研究が発表されました。理化学研究所(理研)、東京大学、広島大学などの共同研究グループが、2026年9月14日に学術誌『mSystems』で報告したものです。

結論をひと言でいえば、「酵母が細胞の外に出しているグルタチオンという物質が、近くにいる別の酵母の生育を支えていた」という内容です。

微生物は「物質」で会話している

微生物には口も耳もありません。そのかわりに、細胞の外へさまざまな物質を放出しています。

放出された物質は、周りの微生物の増殖を助けることもあれば、競争相手の増殖を抑えることもあります。抗生物質は、後者のよく知られた例です。

これまでの研究では、微生物どうしの「合図」になる物質や、抗生物質がよく調べられてきました。

一方で最近は、アミノ酸のように、生きていくための基本的な代謝でつくられる物質も細胞の外に出され、周りの微生物に使われていることが注目されています。こうした物質は「一次代謝物」と呼ばれます。

ただ、プレスリリースによると、「どの物質が、どの微生物に使われ、その微生物を助けているのか」を突き止めるのは簡単ではないといいます。候補になる物質も、受け取る側の微生物も、あまりに多いからです。

研究に使われたのは「分裂酵母」

今回の研究で使われたのは、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)という酵母です。

プレスリリースの用語解説によると、分裂酵母はアフリカの伝統的なビールから取り出された酵母です。パン酵母として知られる出芽酵母と並んで、生命のしくみを調べるための「モデル生物」として、世界中の研究室で使われています。

ここで、ひとつ区別しておきます。

分裂酵母は、日本酒やパンづくりに一般的に使われている酵母とは別の種類です。今回の結果が、そのままパン酵母や清酒酵母にも当てはまるかどうかは、この研究では調べられていません。

3,420種類の「欠けた酵母」を並べて調べた

研究グループが使ったのは、特定の遺伝子を1つずつ取り除いた酵母のコレクションです。「遺伝子破壊株」と呼ばれます。

用いられたのは、分裂酵母が生きていくのに必須ではない3,420の遺伝子について、それぞれを壊した株です。

研究の手がかりになったのは、研究グループが以前に見つけていた現象でした。

ある遺伝子を壊した酵母は、栄養の少ない培地では単独ではうまく育ちません。ところが、遺伝子を壊していない普通の酵母(野生株)のすぐ近くに置くと、育つようになる。研究グループはこれを「適応生育」と呼んでいます。

近くの野生株が、何か役に立つ物質を外に出しているのではないか。そう考えて、今回は3,420株すべてを対象に、この現象を網羅的に調べました。

手順は次のとおりです。

  • まず全株を、栄養が豊富な培地と、必要最小限の栄養しか含まない「最少培地」で育て、比べる
  • 最少培地で育ちにくかった株を、野生株の近くに置いて培養する
  • 野生株を育てた液(培養上清)を、性質の異なる3つの成分群に分け、それぞれに生育を助ける力があるかを試す
  • 質量分析という手法で、液の中に含まれる物質を特定する

37株が「お隣さん」のおかげで育った

調べた結果、単独では育ちにくいのに、野生株の近くでは育つようになる株が37株見つかりました。

このうち14株は、分裂酵母がつくる既知の情報伝達物質(窒素源シグナリング因子、NSF)によって育つようになりました。これは研究グループがこれまでに報告していた物質です。

残る23株は、NSFには反応しませんでした。つまり、野生株はNSF以外にも、生育を助ける物質を外に出していると考えられます。

実際、野生株の培養液を3つの成分群に分けたところ、どの成分群にも生育を回復させる働きが見られました。助けになる物質は、1種類ではなさそうだということです。

水に溶ける成分から見つかった「グルタチオン」

研究グループは、水に溶けやすい成分群に注目しました。この成分群で育つようになった株は11株あり、そのうち6株は、システインというアミノ酸を自分で合成できない株でした。

システインは、硫黄を含むアミノ酸です。そこで、硫黄を含む化合物を見つけやすくする方法で培養液を分析したところ、グルタチオンが検出されました。

グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸がつながった物質です。酵母などの細胞の中では、酸化を防ぐ働きや、鉄の量を一定に保つ働きに関わることが知られています。

次に、グルタチオンだけを培地に加えて試しました。

すると、水溶性の成分群で育った11株のうち8株が、グルタチオンだけで育つようになりました。この8株には、システインを合成できない6株がすべて含まれていました。

多くの株では「栄養」として使われていた

8株のうち7株は、グルタチオンを細胞に取り込んで分解し、システインやグルタミン酸の供給源として利用していました。

つまり、足りないアミノ酸を、隣の酵母が出したグルタチオンで補っていたことになります。

プレスリリースでは、細胞外のグルタチオンについて、必要な栄養を安定して供給する「貯蔵庫」のような役割を持つと考えられる、と説明しています。

1株だけ、栄養では説明できない効果があった

興味深いのは、残る1株です。

この株は、hob3 という遺伝子が壊れています。この遺伝子は、細胞の形や、どちらの方向に伸びるかを決める「細胞極性」に関わっています。分裂酵母は細長い形をしていて、先端の方向へ伸びながら育ちます。hob3 が壊れると、この性質に異常が出ることが知られています。

研究グループが調べたところ、この株では次のような結果になりました。

  • グルタチオンを細胞に取り込めないようにすると、生育は回復しなかった
  • 逆に、細胞内でグルタチオンを分解する酵素を持たないようにすると、生育を回復させる効果が強まり、細胞の形や細胞壁の異常も改善した
  • 細胞の形に異常がある、ほかの遺伝子破壊株でも、グルタチオンによって生育が回復した

分解されずに細胞内に残るほうが効果が強い。ということは、この株では、グルタチオンが「栄養の材料」としてではなく、別のかたちで働いていると考えられます。

研究グループは、細胞に取り込まれたグルタチオンが、正常な細胞の形づくりを支える働きを持つ可能性がある、としています。

ただし、どのような仕組みで細胞の形を支えているのかは、まだ明らかになっていません。

この研究が調べていないこと

誤解を避けるため、ここははっきり区別しておきます。

  • 研究は、実験室の寒天培地と培養液を使ったもの(試験管内の研究)です
  • 人や動物を対象とした試験は行われていません
  • 使われたのは分裂酵母だけです。細菌やほかの酵母との組み合わせは調べられていません
  • パン酵母や清酒酵母、発酵食品の中の微生物で同じことが起きるかは、この研究からは分かりません
  • 人がグルタチオンを口からとった場合の体への影響は、この研究の対象外です
  • 野生株の培養液には、グルタチオン以外にも、まだ特定されていない生育を助ける物質が含まれていました
  • グルタチオンが細胞の外にどう出されるのか、細胞の形づくりをどう助けるのかは、今後の課題とされています

「グルタチオンが酵母を助けた」という結果を、「グルタチオンを含む食品が体によい」という話に結びつけることはできません。研究の対象も、調べた条件も、まったく別物だからです。

研究チームが見据える先

プレスリリースでは、この成果が、複数の微生物を使う培養や発酵の技術を設計するうえで役立つことが期待される、としています。

将来的には、微生物の生育を安定させる培養技術や、発酵による物質生産の効率化につながる可能性もあると述べています。

発表者のコメントには、将来、パンやビールなどの酵母を使った発酵食品づくりにもつながればと期待している、という趣旨の言葉もあります。ただし、これは今後への期待として語られたものです。今回の研究で、発酵食品づくりへの応用が確かめられたわけではありません。

台所から、この研究をどう眺めるか

この研究は、健康効果の話ではありません。微生物が集団で暮らすしくみを、ひとつずつ解きほぐそうとする基礎研究です。

それでも、発酵に親しむ側から見ると、想像がふくらむ報告です。

味噌の樽の中にも、ぬか床の中にも、酒の仕込みタンクの中にも、たくさんの微生物がいます。私たちはそれを「発酵」とひとまとめに呼んでいますが、その中では、目に見えない物質の受け渡しが絶えず起きているのかもしれません。

ある微生物が外に出したものを、別の微生物が使う。今回の研究は、分裂酵母という1種類の酵母の中で、その具体例を1つ示したものです。

日常の受け止め方としては、次のくらいが妥当でしょう。

  • これは実験室で分裂酵母を使って行われた基礎研究です
  • 発酵食品の選び方を変える根拠にはなりません
  • 酵母どうしが物質を分け合うしくみが、具体的な物質のレベルで示された、という点に意味があります
  • 発酵技術への応用は、今後の研究にゆだねられています

1つの菌が単独で働いているように見えて、実は周りとの関係の中で育っている。発酵の世界の奥行きを、あらためて感じさせてくれる研究です。


Toshiより

今回の研究を読んで、私が最も興味深く感じたのは、酵母が単独で生きているのではなく、周囲の酵母が外に出した物質を利用しながら育つ場合があるという点です。

私たちは普段、味噌、日本酒、パン、ビールなどを通して酵母や発酵に親しんでいます。しかし、発酵食品を目の前にしても、その中で微生物がどのように暮らし、互いにどのような影響を与えているのかを直接見ることはできません。発酵という言葉からは、一種類の微生物が決められた仕事を黙々と続けているような印象を受けますが、実際の微生物の世界は、私たちが想像するよりも複雑なのかもしれません。

今回の研究では、特定の遺伝子が欠けたために単独では育ちにくくなった分裂酵母が、普通の分裂酵母の近くに置かれると育つようになる現象が調べられました。そして、その生育を支えていた物質の一つとして、グルタチオンが見つかりました。

とくに印象に残ったのは、グルタチオンで育つようになった8株のうち7株が、グルタチオンを取り込み、自分に不足しているアミノ酸の材料として使っていたという結果です。ある酵母が外に出した物質が、別の酵母にとっては生きるための助けになる。その関係は、食べ物を分け合うという人間的な表現では説明しきれませんが、微生物の集団にも物質を通したつながりがあることを感じさせます。

一方で、グルタチオンの働きが栄養だけでは説明できない酵母もあったという点には、さらに驚かされました。その酵母では、細胞内でグルタチオンが分解されないようにすると効果が強まり、細胞の形の異常も改善したそうです。なぜそのようなことが起きるのかは、まだ明らかになっていません。研究によって一つの答えが見つかると、そこからまた新しい疑問が生まれる。その積み重ねによって、生命のしくみが少しずつ理解されていくのだと思います。

私は発酵について調べるなかで、微生物は環境によって働き方が変わることを何度も感じてきました。温度、水分、栄養、酸素、塩分など、さまざまな条件が重なって発酵は進みます。今回の研究を知り、そこには周囲の微生物が出す物質という条件もあるのだと気づかされました。

味噌やぬか床、日本酒などの発酵食品には、複数の微生物が関わるものがあります。ある微生物がつくったものを別の微生物が利用し、その結果として環境が変わり、また別の働きが生まれることもあります。発酵食品のおいしさや香りが、多くの小さな働きの積み重ねによって生まれていると考えると、発酵の世界がこれまで以上に奥深いものに感じられます。

ただし、ここで注意しなければならないこともあります。今回使われたのは、実験室で研究されている分裂酵母です。パンづくりや日本酒づくりで一般的に使われる酵母とは異なります。また、研究は培地や培養液を使った実験であり、実際の食品の中で同じことが起きると確認されたわけではありません。

グルタチオンという名前から、人の健康との関係を連想する人もいるかもしれません。しかし、この研究は、人がグルタチオンを摂取したときの働きを調べたものではありません。酵母の研究結果を、そのまま人の健康効果に結びつけて受け取ることはできません。この点は、研究の面白さとは分けて、慎重に考える必要があります。

発酵に関する研究成果を読むと、「すぐに食品づくりへ応用できるのではないか」と期待したくなることがあります。今回の研究も、将来の培養技術や発酵による物質生産に役立つことが期待されています。ただし、それは今後の研究に向けた期待です。実際の発酵食品づくりに利用するためには、ほかの種類の酵母でも同じことが起きるのか、食品をつくる環境でも働くのか、安全性や品質にどのような影響があるのかなど、多くの確認が必要になると思います。

それでも、今回の研究には大きな面白さがあります。目に見えない酵母の集団を、ただ「たくさんの菌がいる状態」として見るのではなく、物質を介して互いに影響し合う世界として捉えられるからです。一つの微生物だけを見ていては分からなかった働きが、周囲との関係を調べることで見えてきます。

私たちの暮らしの中にある発酵食品も、完成した味や香りだけを見るのではなく、その背景にある微生物の営みを想像すると、違った見え方をするのではないでしょうか。もちろん、今回の研究結果をそのまま味噌や日本酒、パンなどに当てはめることはできません。それでも、発酵とは一種類の微生物だけの働きではなく、環境や周囲との関係によって成り立つものだと考えるきっかけになります。

ある酵母が外に出した物質によって、別の酵母が育つ。とても小さな世界で起きている現象ですが、そこには生命が周囲と関わりながら生きる仕組みの一端が表れているように感じます。

すぐに生活へ役立つ答えだけでなく、今まで見えなかった世界を少しだけ見せてくれることも、基礎研究の大切な価値なのだと思います。今回の研究を通して、普段何気なく口にしている発酵食品の向こう側には、まだ分かっていない微生物の関係が数多く残されているのだと、あらためて感じました。


出典

Yoshizumi R, Miura S, Matoba H, Hirai G, Asamizu S, Onaka H, Yashiroda Y, Matsuyama A, Yoshida M, Nishimura S. “Glutathione acts as an exometabolite that promotes growth recovery in fission yeast with defects in amino acid metabolism and cell polarity.” mSystems, 2026.(2026年9月14日掲載・日本時間)
https://doi.org/10.1128/msystems.00123-26

理化学研究所・東京大学・広島大学 プレスリリース(2026年9月14日)
「酵母が放出するグルタチオンが微生物の相互作用を支える-栄養源となることに加え、細胞の形と増殖方向の維持にも関与-」
https://www.riken.jp/press/2026/20260914_2/index.html

※この記事は、査読付き学術誌に掲載された研究と、研究機関のプレスリリースをもとに、内容を一般向けに整理したものです。研究の解釈には限界があり、今後の検証によって理解が変わる可能性があります。

※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。