⏱ 約15分で読めます
マウスの「走る量」と、腸内細菌の発酵に関係が見られた|回し車で調べたイリノイ大学などの研究
この記事について この記事は、腸内細菌と、マウスが自分から回し車で走る量との関係を調べた研究を紹介するものです。研究はすべてマウスで行われ、人で確かめたものではありません。また、発酵食品を食べた効果を調べた研究でもありません。食物繊維・サプリメント・抗菌薬などについて、運動量を増やす効果や病気の予防・治療を示すものではなく、医療上の助言でもありません。体調や持病、運動や食事について気になることがある場合は、医師・薬剤師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。本記事の画像はAIで生成したイメージであり、研究で使用された動物や特定の商品を撮影したものではありません。
走るのは好きなのに、玄関で靴をはくまでが重い。そんな日は、誰にでもあると思います。
「運動したほうがいい」と頭ではわかっていても、体が動くかどうかは別の話です。体を動かそうとする気持ちが、体のどんな仕組みとかかわっているのかは、まだよくわかっていません。
**今回紹介するのは、人の気持ちを調べた研究ではありません。**マウスが回し車で自分から走る量と、腸内細菌との関係を調べた基礎研究です。米国微生物学会の査読付き学術誌『mSystems』に2026年8月に公開されました。研究したのは、米国のイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校と、ミシガン大学などのチームです。
ここでいう「発酵」は、腸の中の発酵
最初に、言葉を整理しておきます。
このブログでは、味噌や納豆、ぬか漬けなどの「発酵食品」をよく取り上げます。ただ、今回の研究の「発酵」は、それとは別の話です。
人やマウスの腸の中では、細菌が食物繊維などをえさにして、短鎖脂肪酸(酢酸・プロピオン酸・酪酸など)をつくっています。これも「発酵」と呼ばれます。今回の研究が調べたのは、この腸内細菌が発酵する力と、マウスが走る量との関係です。
発酵食品を食べた効果を調べた研究ではないことを、先にお伝えしておきます。
実験のあらまし
研究では、オスのマウスのケージに、走った距離を自動で記録できる回し車を置きました。マウスは、走りたいときに自分から走ります。これを「自発的な運動」として、走る量を記録しています。最初の実験では、走る期間はおよそ6週間でした。グループどうしの比較には、走り始めから17〜20日間のデータが使われています。
そのうえで、腸内細菌の状態をいくつかの方法で変えて、走る量を比べました。
- **抗菌薬(抗生物質)**を飲み水に入れて、腸内細菌を大きく減らしたマウス
- 生まれたときから腸内細菌を持たない無菌マウス
- 抗菌薬に加えて、短鎖脂肪酸を飲み水に入れたマウス
- 走り始める4週間前から、食物繊維の一種であるイヌリンを2.5%加えたえさを食べたマウス
なお、2.5%はマウスのえさに配合した割合で、人がとる量の目安ではありません。
マウスの腸内細菌が減ると、走り始めの時期の走る量が減った
報告された主な結果は次のとおりです。
- 抗菌薬で腸内細菌を減らしたマウスは、走り始めの時期に、回し車で走る量が少なくなった
- 無菌マウスは、記録した期間中、毎日の走る量が少なかった
- 一方、走る習慣がついた後(論文では3〜4週目以降)に抗菌薬を始めた場合は、走る量の減少は見られなかった
つまり、腸内細菌の影響がはっきり出たのは、走る習慣が身につくまでの時期だった、ということです。ただし著者らは、この「時期による違い」の部分は予備的なデータで、より多くの数で確かめる必要があるとしています。
また、同じ抗菌薬・同じ飼育施設で行った以前の実験のデータを調べると、抗菌薬を使ったマウスの腸では、酸素をきらう細菌が減り、酸素があっても生きられる細菌が増えていました。遺伝子から予測した腸内細菌の働きも、発酵型から酸素を使う型に傾いていたと報告されています。
短鎖脂肪酸を与えたマウスでは、走る量が戻った
腸内細菌を減らしたマウスに、短鎖脂肪酸を飲み水で与えると、抗菌薬だけのマウスより多く走り、腸内細菌を減らしていないマウスに近い水準まで戻ったと報告されています。
ただし、ここで大事な点があります。腸内細菌がもともと整っているマウスに短鎖脂肪酸を与えても、走る量は増えませんでした。マウスでは、足りなくなったものを補うと戻る。でも、足りているところに足しても上乗せにはならない。そんな結果です。
食物繊維入りのえさのマウスは、走る量が多い日があった
イヌリン入りのえさを走り始める4週間前から食べていたマウスは、ふつうのえさのマウスより走る量が多い日がありました(比べた17日間のうち11日)。
イヌリンについては、以前の別の実験(イヌリン入りのえさを8週間与えたマウス)のデータで、腸内細菌の「発酵する力」が高まると予測されたことも紹介されています。今回走る量を調べたマウスとは、別のマウスのデータです。
あわせて、今回のマウスでは、脳の線条体と呼ばれる部分で、運動の後にヒスタミン(神経の働きにかかわる物質の一つ)の濃度が高くなっていたと報告されています。
ストレスホルモンの反応にも違いが
研究では、決まった強さでマウスを走らせたときの、ストレスホルモン(コルチコステロン)の反応も調べています。
- 抗菌薬で腸内細菌を減らしたマウスでは、運動後のストレスホルモンが高くなった
- 無菌マウスでは、逆に低くなった
著者らは、マウスでは腸内細菌が、運動のときのホルモンや神経の信号の調整にかかわっている可能性を示していると考察しています。
この研究からわかること、わからないこと
著者ら自身が、いくつもの限界を挙げています。
- すべてマウスの研究で、オスのマウスだけを使っている。人で同じことが起きるかは、臨床研究で確かめる必要がある
- 腸内細菌の「発酵する力」は、遺伝子の情報から予測したもので、実際に測ったものではない
- 脳の物質の変化は「関連」を見たもので、原因と結果を確かめたものではない
- 回し車で走ることは、人の運動とは種類も強さも違う
著者らは、食事を通じて運動の習慣づくりを後押しできる可能性を、今後の研究の方向性として挙げています。ただ、それは人で確かめられたことではありません。この研究から、「食物繊維やサプリメントをとれば運動したくなる」と言えるわけではありません。
研究の資金について
論文には、筆頭著者が大学院フェローシップと、米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)の研究員支援を受けたことが記載されています。著者らは「利益相反はない」と申告しています。
この研究が示したこと
この研究が示したのは、マウスでは、腸内細菌の状態と、回し車で走る量に関係が見られた、ということです。人の体で同じことが起きるのか、人の運動習慣と腸内細菌がどうかかわるのかは、まだこれからの研究を待つ必要があります。
マウスの回し車から、人の運動の習慣まで。その間には、まだ確かめなければならないことがたくさんあります。研究の続きが人でどう確かめられていくのか、今後に注目したいと思います。
研究とは別の、一般的な注意
ここからは、今回の研究の結果から導いた助言ではなく、一般的な注意です。
- 抗菌薬について:抗菌薬は、医師・薬剤師の指示どおりに使用してください。自己判断で中止したり、残った薬を後から使用したり、ほかの人に渡したりしないことが大切です(参考:国立健康危機管理研究機構 AMR臨床リファレンスセンター「処方された抗菌薬は医師の指示通り服用しましょう」)
- イヌリン・食物繊維について:研究で使われた2.5%はマウスのえさに配合した割合であり、人の摂取量の目安ではありません。この研究から、人に適した量や健康への効果、安全性を判断することはできません。食品や製品の利用後に体調へ好ましくない変化があれば摂取を中止し、服薬中や治療中の方は医師・薬剤師に相談してください(参考:国立健康・栄養研究所「健康食品を使用してからだの調子が悪くなったら」)
- 運動について:この研究は、人に運動を勧める方法を調べたものではありません。一般的な注意として、持病がある方や薬を使用している方は、運動を始める前に医師へ相談してください。運動中に胸の痛み、動悸、めまいなどの異変を感じた場合は、直ちに中止してください(参考:厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」身体活動・運動を安全に行うためのポイント)
Toshiより
私は日ごろ、健康のためにジョギングをしています。
走り始めてしまえば気持ちよく進める日もあれば、玄関で靴を履くまでに時間がかかる日もあります。体調、天気、睡眠、仕事の疲れ、気分。走る量が変わる理由は、一つではありません。
今回の研究は、そんな人間の「走る気持ち」を調べたものではありません。人ではなく、回し車を置いた飼育環境のマウスを使い、腸内細菌の状態と自発的に走る量との関係を調べた基礎研究です。
それでも、自分も走る習慣を持っているからこそ、興味を引かれる研究でした。
私たちは運動について考えるとき、意志の強さや性格の問題として捉えがちです。「今日は走れなかった」「また続かなかった」と、自分を責めてしまうこともあります。
しかし生き物の行動は、気持ちだけで決まるほど単純ではないのでしょう。脳、筋肉、代謝、疲労、栄養状態など、さまざまな仕組みが重なって動いています。今回の研究は、マウスでは、その背景に腸内細菌がつくる物質も関係する可能性があることを示しました。ただし、これは人の話ではありません。
研究では、抗菌薬によって腸内細菌を減らしたマウスで、回し車を走り始めた時期の運動量が少なくなりました。一方、走る習慣がついた後に同様の処置をした場合は、同じ変化がはっきりとは見られなかったとされています。
この違いが、とても印象に残りました。
何かを始めるときと、すでに習慣になった後とでは、生き物の体内で必要になる条件が違うのかもしれません。ただし、これはマウスの回し車で観察された結果です。人が運動を始めるときの気持ちや習慣に、そのまま当てはめることはできません。
また、研究では短鎖脂肪酸を与えたマウスが、抗菌薬だけを使ったマウスより多く走り、腸内細菌を減らしていないマウスに近い水準まで戻ったと報告されています。
短鎖脂肪酸は、腸内細菌が食物繊維などを発酵させる過程でつくる物質です。ここでいう「発酵」は、味噌や納豆を製造するときの発酵ではなく、マウスの腸内で微生物が起こす発酵です。
同じ「発酵」という言葉でも、食品の容器や樽の中で起きるものと、動物の腸内で起きるものがあります。発酵食品を扱うブログとして、この違いは丁寧に伝えておきたいと思いました。
短鎖脂肪酸を与えると走る量が変わったという結果は興味深いものです。しかし、だからといって、人が短鎖脂肪酸や食物繊維をとれば運動の意欲が高まる、と結論づけることはできません。
人の「やる気」は測り方そのものが難しく、マウスが回し車を走る行動と同じものでもありません。体の大きさ、腸内細菌の構成、生活環境、食事、行動を決める仕組みも大きく異なります。
さらに、腸内細菌の詳しい分析には、回し車で走ったマウスそのものではなく、同じ抗菌薬と同じ飼育施設を使った以前の別の実験データが用いられています。
食物繊維の一種であるイヌリンについても、腸内細菌の発酵する働きを調べたデータと、回し車の運動量を調べたデータは、同じマウスから得られたものではありません。
同じ論文の中に並んでいる結果を見ると、一続きの実験で確かめられたように感じてしまいます。しかし実際には、複数の実験結果を組み合わせながら、考えられる仕組みを検討しています。
この区別は地味に見えますが、研究を正確に受け止めるうえで、とても大切です。
食物繊維入りのえさを食べたマウスについても、比較した17日間のすべてで走る量が増えたわけではありません。走る量が多かったのは11日間で、日によって結果は異なっていました。
イヌリン2.5%という数字も、人が食べる量の目安ではありません。マウスのえさに配合された割合です。この数字だけを見て、家庭の食事やサプリメントの量に置き換えることはできません。
研究結果に身近な食材が登場すると、私たちはすぐに「では、何を食べればよいのか」と考えたくなります。私も発酵食品が好きなので、つい味噌や納豆、野菜のことを思い浮かべます。
けれど、今回の研究から「この食品を食べれば走れるようになる」という答えは出てきません。
むしろ面白いのは、腸内細菌を単なる消化の手伝い役ではなく、動物の行動や代謝と関係する可能性のある存在として調べていることです。
腸内細菌は、食べ物の一部を利用して、さまざまな物質をつくります。その物質が腸の中だけにとどまらず、体のほかの仕組みとどのように関係するのか。研究者たちは、複雑なつながりを一つずつ確かめようとしています。
ただし、「関係がある」ことと、「原因である」ことは別です。
腸内細菌の変化が運動量を左右する場合もあれば、運動することが腸内環境に影響する場合も考えられます。食事、代謝、ストレスなど、両方に関わる別の要因があるかもしれません。
今回の研究では、抗菌薬や短鎖脂肪酸を使って仕組みに近づこうとしていますが、それでも全体像が明らかになったわけではありません。
抗菌薬についても注意が必要です。
研究で抗菌薬を使ったのは、マウスの腸内細菌を減らし、変化を観察するためです。人が腸内環境を変える目的で抗菌薬を使うことはできません。抗菌薬は感染症の治療に必要な医薬品であり、医師や薬剤師の指示に従って使用するものです。
残った薬を後から自己判断で飲んだり、家族や知人に渡したりすることも避けなければなりません。研究で使われた方法を、生活の中でまねできるものとして受け取らないことが大切です。
運動についても同じです。
今回の研究を読んだからといって、急に強い運動を始める必要はありません。持病がある方や薬を使用している方は、運動を始める前に医師へ相談してください。運動中に胸の痛み、動悸、めまいなどの異変を感じた場合は、すぐに中止することが大切です。
私自身のジョギングも、研究成果を試すために行っているものではありません。走った後の心地よさや、外の空気に触れる時間が好きだから続けています。
毎日同じ距離を走れるわけではありません。短い日も、休む日もあります。以前は休むと少し後ろめたく感じましたが、今は体調を見ながら続けることのほうが大切だと思っています。
今回の研究を、人の意志や努力を説明する材料として使うことはできません。「走れないのは腸内細菌のせいだ」と考えることもできません。
ただ、生き物が動くという当たり前の行動の背景に、これほど多くの仕組みがあることを知ると、自分の体を少し違った目で見られる気がします。
マウスの回し車から得られた結果が、将来、人の研究にどうつながっていくのか。人でも同じような関係が見られるのか。それとも、マウスに特有の現象なのか。答えを出すには、まだ多くの研究が必要です。
現時点で大切なのは、期待を大きくしすぎず、研究が実際に確かめた範囲を見失わないことです。
今回示されたのは、マウスでは、腸内細菌の状態と回し車で走る量に関係が見られたということです。人の運動意欲や、特定の食品の効果を証明したものではありません。
発酵の科学が、食品の味や保存だけでなく、動物の行動を研究する領域にも広がっている。そのこと自体が、私にはとても興味深く感じられました。
これから人を対象とした研究で、何が確認され、何が否定されるのか。結論を急がず、今後の研究を見ていきたいと思います。
出典 Hutchinson NT, Maino-Vieytes CA, Valls C, Allen J, Rund LA, Johnson RW, Woods JA. “Fermentation capacity of the gut microbiota influences exercise motivation and neuroendocrine integration.” mSystems 11(9): e00876-26 (2026). DOI: 10.1128/msystems.00876-26
Toshi / 発酵と健康、走ることが好きな57歳
※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。