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キムチの菌を、もとの姿に近いまま育てて調べる|56通りの培養条件で、見えにくい菌まで拾い上げた研究
この記事について この記事は、キムチの中の菌を実験室でどう育て、どう取り出すかを調べた研究を紹介するものです。研究は実験室での培養と遺伝子の解析だけで行われ、人や動物が食べて体の変化を調べたものではありません。キムチや乳酸菌について、病気の予防・治療や健康の改善を示すものではなく、医療上の助言でもありません。体調や持病、食事制限について気になることがある場合は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。本記事の画像はAIで生成したイメージであり、研究で使用された試料や特定の商品を撮影したものではありません。
キムチの瓶のふたを開けると、ツンとした酸味の香りが広がります。
その中では、乳酸菌をはじめとする、たくさんの種類の菌が暮らしています。白菜や大根、ニンニク、唐辛子、塩、魚醤。材料と時間がそろって、あの味ができあがります。
では、その菌たちを実験室に連れてきて育てようとすると、何が起きるのでしょうか。じつは、ここに研究者たちが長く抱えてきた悩みがあります。その悩みに、「育て方をとことん変えてみる」という方法で取り組んだ研究が、査読付きの学術誌『Current Research in Food Science』に2026年1月に公開されました。
菌を1種類ずつ取り出すと、失われるもの
発酵食品の菌を調べるとき、これまでよく行われてきたのは、目当ての乳酸菌などを1種類ずつ取り出して育てる方法です。
ところが論文の著者らは、この方法には限界があると指摘しています。
- 取り出せる菌が、一部の乳酸菌や酵母に偏りやすい
- 発酵食品の中では、たくさんの菌がお互いに影響し合っている。1種類だけ取り出すと、その関係が失われてしまう
- 実験室では良い性質を示した菌が、人の腸の中では思ったように働かない例が、これまでに報告されている
一方、遺伝子を読み取る技術(シーケンス)を使えば、発酵食品にどんな菌がいるかは詳しくわかります。ただ、遺伝子を読むだけでは、生きた菌そのものは手に入りません。
そこで注目されているのが「カルチャロミクス」という方法です。条件を大きく変えながら大量に培養し、育った菌を遺伝子で確かめていく。「培養(カルチャー)」と「網羅的な解析(オミクス)」を組み合わせた言葉です。著者らによると、発酵食品にこの方法を使った研究は、まだ数えるほどしかないとのことです。
56通りの条件で、キムチの菌を育ててみた
研究を行ったのは、韓国の慶北大学校(キョンブク大学校)と、エチオピアのアディスアベバ科学技術大学の研究者たちです。
研究では、韓国・大邱(テグ)市内の4か所から白菜キムチを集め、その菌を次のような組み合わせで培養しました。
- 培地(菌のえさになる液体)を6種類:研究でよく使われる5種類に加えて、キムチの材料(白菜、大根、ネギ、ニンニク、ショウガ、唐辛子、塩、魚醤)をすりつぶして作った「キムチそっくりの培地」
- 酸素の量を3通り:空気がある状態、酸素がない状態、酸素が少ない状態
- 培養の時間を2通り:12時間と66時間
- 成長の速い菌をおさえる薬を加えるかどうか
これらを組み合わせた56通りの条件で育て、それぞれどんな菌が育ったかを遺伝子で調べています。
育つ菌をいちばん大きく左右したのは「えさ」
結果として、育つ菌の顔ぶれを最も大きく左右したのは、培地の種類だったと報告されています。酸素の量や培養時間、薬の有無よりも影響が大きかったとのことです。
- キムチの材料で作った培地で育てると、もとのキムチの菌の構成にいちばん近くなった
- 乳酸菌用の培地も、キムチで多い乳酸菌の仲間をよく残した
- 一方、研究でよく使われる一般的な培地では、もとのキムチでは少なかった菌まで育ち、見える菌の種類が広がった
つまり、「もとの姿をなるべく保つ」ならキムチの材料で作った培地、「見えにくい菌まで拾う」なら一般的な培地、と役割が分かれていたことになります。著者らは、これらを組み合わせるのが、いちばん多くの菌を取り出せるやり方だとしています。
酸素と時間でも、育つ菌が変わった
酸素の量については、酸素が少ない状態が、もとのキムチの菌の構成をいちばんよく保っていました。空気がある状態では、種類は増えたものの、成長の速い一部の菌が目立つ偏った構成になったと報告されています。
培養時間を12時間から66時間にのばすと、育つ菌の顔ぶれが大きく変わりました。66時間の培養だけで見つかった菌のグループはおよそ107あり、全体の約19%を占めていたとのことです。
ただし、良いことばかりではありません。長く培養したり、空気がある状態で育てたりすると、アシネトバクターなど、体が弱っている人に感染を起こすことがある菌(日和見感染菌)も増えたと、著者らは注意を促しています。キムチの中ではごく少なかった菌が、実験室の培養条件しだいで増えてくることがある、ということです。
取り出した菌は90株以上
最後に、育てた菌を1つずつ取り出したところ、90株を超える菌が得られ、6つの属(菌のグループ)に分かれました。いちばん多かったのは、キムチでよく知られる乳酸菌の仲間(ラクティラクトバチルス・サケイ20株、ロイコノストック・メセンテロイデス12株)でした。
また、キムチの菌を育てた培養液(32条件分)の遺伝子をまとめて読み、そこから組み立てた菌の遺伝情報を解析したところ、多くの菌が酸に強い性質などにかかわる遺伝子を持っていると予測されました。
安全面については、安全にかかわる遺伝子の要素全体のうち、薬が効きにくくなる遺伝子がほかの菌に移りやすい形で見つかったものは1%だったと報告されています。ただし、この解析は培養液の遺伝子から組み立てたデータが対象で、取り出した株そのものの安全性は、まだ調べられていません。食べたときの安全性を評価したものでもありません。
この研究からわかること、わからないこと
論文の著者らは、この方法が、著者らが「次世代のプロバイオティクス」と呼ぶ菌の候補探しに役立つ可能性を示しています。ただし、その菌が実際に人の体で働くかは、別の研究で確かめる必要があります。ここは慎重に読む必要があります。
- この研究は、実験室での培養と遺伝子の解析だけです。人や動物が食べて、体にどんな変化があるかは調べていません
- 菌の性質の多くは、遺伝子から「予測」したものです。著者ら自身も、実際に働くかは実験で確かめる必要があると書いています
- 使ったのは、1つの都市の4か所から集めた白菜キムチだけです。ほかの地域やほかの種類のキムチで同じ結果になるかはわかりません
- ほかのキムチの研究でよく見つかる菌(ペディオコッカス)が、今回は取り出せなかったことも報告されています
つまり、「キムチの菌が体によい」と示した研究ではありません。発酵食品の菌を、もとの関係をなるべく保ったまま育てて調べるための「やり方」を整理した研究、と受け止めるのがよさそうです。
研究の資金について
論文によると、この研究は韓国の教育部、環境部、大邱市などによる研究支援を受けて行われました。著者らは、この研究に影響を与えうる利益相反(研究に影響しうる金銭関係など)はないと申告しています。
キムチを楽しむときに
この研究が教えてくれるのは、1瓶のキムチの中にも、育て方しだいで姿を見せたり隠れたりする、たくさんの菌がいるということです。発酵食品の菌は、1種類だけでなく、仲間との関係の中で暮らしています。
一方で、家庭でキムチを食べたり作ったりするときには、気をつけたいこともあります。
- 家庭での食中毒予防全般について、厚生労働省は「家庭での食中毒予防」で注意点を示しています。包丁・まな板などの器具やふきんを清潔に保つこと、冷蔵庫は10℃以下に保つことがめやすであること、少しでも怪しいと思ったら食べずに捨てることなどが挙げられています。また、同じく厚生労働省の「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」では、冷蔵や冷凍で細菌が死ぬわけではないことも挙げられています。これらは手作りのキムチや漬け物にも共通する基本です。見た目やにおいだけで安全かどうかを判断できるとは限りません。迷ったら食べないでください。
- キムチには塩や魚醤が使われ、塩分の多いものもあります。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、18歳以上の食塩の目標量を、1日あたり男性7.5g未満、女性6.5g未満としています。食べる量には気を配りたいところです。同じ基準では、高血圧や慢性腎臓病(CKD)の重症化予防を目的とする場合、食塩相当量は男女とも1日6.0g未満とされています。治療中の方は、医師や管理栄養士から受けている指示を優先してください
- 「乳酸菌が入っているから体にいい」とは、この研究からは言えません
ぬか漬けや味噌と同じように、キムチもまた、たくさんの菌と人の手が育ててきた発酵の食文化です。その中の菌をどう残し、どう調べていくのか。今後の研究にも注目していきたいと思います。
Toshiより
キムチの瓶を開けたとき、私たちが最初に感じるのは、酸味のある香りや鮮やかな赤色、白菜の歯ざわりです。しかし、その一口の中に、どれほど多くの微生物が関わっているのかを目で確かめることはできません。
今回の研究を読んで、あらためて感じたのは、「見えていない菌」と「存在していない菌」は、まったく同じではないということでした。
研究室で微生物を調べるとき、菌を培地に置き、増えてきたものを観察します。私も以前は、培地に出てきた菌を調べれば、その食品にいる菌の全体像が分かるものだと思っていました。
ところが、菌にもそれぞれ好みがあります。
どんな栄養を好むのか。酸素が必要なのか、少ないほうがよいのか。どのくらいの温度で育ちやすいのか。周囲の酸性度や塩分に耐えられるのか。条件が少し変わるだけで、元気に増える菌もいれば、そこに存在していても姿を現さない菌もいます。
今回の研究では、えさの種類や酸素の量、時間などを組み合わせて、56通りもの培養条件が試されました。その数字を見ただけでも、キムチの中の微生物を調べることが、いかに地道な作業であるかが伝わってきます。
ひとつの条件で培養して、出てきた菌だけを見て「これがキムチの菌です」と結論づけるのではない。菌の好みに合わせて環境を少しずつ変えながら、これまで拾い上げられなかった菌を探していく。研究者は、目に見えない相手に対して、何度も違う扉を用意したのだと思います。
なかでも印象に残ったのは、育つ菌の顔ぶれを大きく左右したのが、菌に与える「えさ」の選び方だったという点です。
同じキムチから採取した微生物でも、与えられる栄養が違えば、表に出てくる菌が変わる。その結果を知ると、私たちが研究データとして見ているものも、実は研究者が用意した環境を通して見えた一部分なのだと気づかされます。
これは、発酵食品を考えるうえでも大切な視点だと思います。
私たちは「キムチには乳酸菌がいる」「味噌には麹菌がいる」と、分かりやすい名前で説明したくなります。もちろん、それは間違いではありません。ただ、実際の発酵食品の中には、ひとつの名前ではくくれないほど多様な菌がいて、それぞれが環境の変化に応じて増えたり減ったりしています。
発酵の初めに働く菌と、酸味が強くなってから働く菌が同じとは限りません。ある菌がつくった成分を、別の菌が利用することもあります。助け合う関係もあれば、栄養や居場所をめぐって競い合う関係もあるでしょう。
キムチのおいしさは、ひとつの菌だけがつくっているのではなく、そうした微生物の移り変わりの中から生まれているのだと思います。
一方で、この研究には「安全」という言葉について考えさせられる部分もありました。
遺伝子を調べる技術が進んだことで、食品の中にどのような菌がいるかだけでなく、安全面に関係する遺伝子の要素まで詳しく調べられるようになっています。薬が効きにくくなる性質に関係する遺伝子や、条件によって注意が必要となる菌の存在も、研究の対象になります。
ただし、遺伝子が見つかったことと、その食品を食べることで直ちに危険が生じることは同じではありません。反対に、培養した菌が一見問題なく育ったからといって、人が食べたときの安全性まで確認されたことにもなりません。
今回の研究は、キムチから取り出した菌株を人が食べても安全だと証明したものではなく、特定のキムチ商品について安全性を評価したものでもありません。また、実験室の培養条件で増えた菌が、家庭のキムチの中でも同じように増えると示したわけでもありません。
研究が示した範囲を、そのままの大きさで受け止めることが大切です。
発酵に興味を持つと、「自然の菌だから安心」「昔から食べられているから安全」と考えたくなることがあります。しかし、発酵と腐敗は、見た目だけでは簡単に区別できない場合があります。昔から受け継がれてきた発酵食品も、原料、塩分、温度、時間、衛生管理といった条件を整え、安全に食べるための工夫が重ねられてきました。
家庭で発酵食品を扱うときには、研究で見つかった特定の菌を意識するより、まず清潔な道具を使い、適切な温度で保存し、少しでも怪しいと思ったら食べずに捨てるという基本を守ることのほうが現実的です。
冷蔵庫に入れておけば、どのような状態でも安全になるわけではありません。発酵食品だから悪くならない、ということでもありません。科学への興味と、台所での安全管理は、分けずに両方を大切にしたいと思います。
塩分についても同じです。
キムチにとって塩は、味をつけるだけのものではありません。野菜から水分を引き出し、どの菌が育ちやすいかを左右し、発酵の進み方にも関わります。塩は発酵を支える重要な条件のひとつです。
その一方で、食べる側から見れば、キムチは塩分を含む食品です。「発酵食品だから体によいはず」と考えて量を増やせば、食事全体の塩分が多くなることもあります。研究の面白さを知ることと、たくさん食べることは別の話です。少量を料理に添え、ほかの食事とのバランスを見ながら楽しむくらいが、自然な付き合い方ではないでしょうか。
今回の記事には、「次世代のプロバイオティクス」という言葉も登場します。期待を感じさせる言葉ですが、現時点では、研究者が将来の候補として注目している段階です。
キムチから見つかった菌が、人の体の中でも有用な働きをするのか。安全に利用できるのか。どのくらいの量が必要なのか。人による違いはないのか。これらは、別の研究で一つずつ確かめなければなりません。
「候補が見つかった」という話を、「食べれば健康になる」という話へ飛躍させない。その距離を保つことが、研究の価値を正しく伝えることにつながると思います。
それでも、今回の研究には大きな魅力があります。
私たちが昔から食べてきたキムチの中に、まだ十分に調べられていない菌がいる。しかも、特別に遠い場所を探すのではなく、培養する条件を丁寧に変えることで、その存在に少しずつ近づける。身近な食品の中にも、まだ知られていない世界が残されているのです。
最新の遺伝子解析は、培養できない菌の存在を知るうえで大きな力になります。一方、菌を実際に取り出して育てることができれば、その菌がどのような成分をつくるのか、ほかの菌とどう関わるのかを、さらに詳しく調べられます。
遺伝子から全体像を眺める方法と、菌を一株ずつ育てて性質を確かめる方法。その二つを組み合わせることで、発酵食品の中の世界が、少しずつ立体的に見えてくるのでしょう。
一瓶のキムチは、ただ白菜を唐辛子で漬けたものではありません。野菜、塩、温度、時間、そして数多くの微生物が重なって生まれた、小さな生態系です。
今回、56通りもの条件を用意して菌を探した研究者たちの姿勢から、私は「見えないものを、見えないままにしない」科学の粘り強さを感じました。
同時に、どれほど条件を増やしても、すべての菌を取り出せるとは限りません。分かったことが増えるほど、まだ分からないことの広さも見えてきます。
次にキムチを小皿に盛るとき、そこにどんな菌がいるのかを私たちが見分けることはできません。それでも、その一口が、多様な微生物と長い発酵の時間によって生まれたものだと知るだけで、味わい方は少し変わる気がします。
健康への大きな期待を背負わせるのではなく、発酵食品としてのおいしさと、そこにある複雑な微生物の世界を楽しむ。
キムチの中には、私たちがまだ育て方さえ知らない菌がいるのかもしれません。その見えにくい存在に光を当てる研究を、これからも落ち着いて見守りたいと思います。
出典 Fentie EG, Lim K, Andargie YE, Park S, Shin JH. “Preserving fermented-foods microbial diversity through systematic culturomics for the discovery of multi-strain probiotic candidates.” Current Research in Food Science 12 (2026). DOI: 10.1016/j.crfs.2026.101318
Toshi / 発酵と健康、走ることが好きな57歳
※ この記事は個人の体験と公開情報に基づくものです。特定の疾患の診断・治療・予防を目的としたものではありません。健康上の不安がある方は、医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。詳しくは免責事項をご覧ください。